書籍レビュー「嫌われる勇気」自己啓発の源流アドラーの教え⑧

前回の続きです。

ほめてはいけない、叱ってはいけない。
ほめるという行為には「能力のある人が、能力の無い人に下す評価」という側面が含まれています。われわれが他者をほめたり叱ったりするのは、「アメを使うか、ムチを使うか」の違いでしかなく、背後にある目的は操作です。

「勇気づけ」というアプローチ
対人関係を縦でとらえ、相手を自分より低く見ているからこそ、介入してしまう。本人に「自分は勉強ができるのだ」と自信を持ち、自らの力で課題に立ち向かっていけないように働きかけるのです。こうした横の関係に基づく援助の事をアドラー心理学では「勇気づけ」と読んでます。人が課題を前に踏みとどまっているのは、その人に能力が無いからではない。能力の有無ではなく、純粋に「課題に立ち向かう"勇気"がくじかれている事」が問題なのだと考えるのがアドラー心理学です。
そして人はほめられることによって「自分には能力がない」という信念を形成していくからです。

感想
ほめてはいけない。自分が上ではなくあくまで対等に見る事。自分の喜びを素直に伝える事こそ、人の心に届くのかなと実感。

書籍レビュー「嫌われる勇気」自己啓発の源流アドラーの教え⑦

前回からの続きです。

対人関係で行き詰まったら外部の場所に出た方がいい。「会社」が合わなければ、「外の社会」に出てみれば良い。それは簡単ではないので、行動原則があり、我々が対人関係にぶつかった時、出口が見えなくなってしまったとき、まず考えるべきは、「より大きな共同体の声をきけ」です。「会社」のコモンセンスで物事を判断せずより大きな共同体例えば、社会、国と言ったコモンセンスに従って判断する。

目の前の人に異をとなえられたら、正面から異を唱えるのは難しいでしょう。ただそれをして壊れてしまう程度の関係なら最初から結ぶ必要がない。関係が壊れる事だけを恐れて生きるのは、他者のために生きる、不自由な生き方です。

感想
前回に引き続きかなり入ってくる。異をとなえて関係を選別してしまう事も人生を豊かにする一つなのかもしれない。その覚悟が持てるか、持てないか?自分に明確なビジョンがあるか?いやそもそも一回選別して良い体験を得ると続けれるものなのかもしれない。

書籍レビュー「嫌われる勇気」自己啓発の源流アドラーの教え⑥

前回からの続きです。

最近朝ブログ書く習慣が出来つつあるなー。嬉しい!

対人関係の悩みを解決する方法
自らの生について自分が出来るのは、「自分の信じる道を選ぶ事」それだけです。一方でその選択について他者がどのような評価を下すのか。これは他者の課題であって、あなたにはどうにも出来ない話です。そして他者の課題には介入せず、自分の課題には誰一人として介入させない。これは対人関係の悩みを一変させる可能性を秘めたアドラー心理学ならではの画期的な方法です。

本当の自由とは何か?
石ころは無力で坂野上に落とすと勝手に転がっていってしまう。人間の傾向である、承認欲求を求めるというのは、坂道の重力だが、人間はそれにあがらう事が出来る。すなわち「自由とは他者から嫌われる事である」

感想
自分の信じる道を選ぶ事。分解すると①「自分」を定義②「信じる道」を定義③選ぶという3段階の定義と行動が必要だけど、これを一つずつやっていく事確かに対人関係のストレスは減るかもしれない。しかし、承認欲求の話で、他者から嫌われる事(本能に逆らいながら理性によって)は、マズローの言う低い段階の欲求が満たされてないときに起こる退行ではないだろうか?一般的には生存欲求が満たされないと承認欲求を満たそうと思っても、ご飯や安全の事が気になったりして集中できないような。いやもしかしたら自己実現と承認欲求の関係だけ退行は起きづらいのだろうか?

書籍レビュー「嫌われる勇気」自己啓発の源流アドラーの教え⑦

前回からの続きです。

対人関係からのゴールは共同体感覚。
他者の事を敵と見なすか、仲間と見なすか、もしも他者が仲間だとしてそこに自分の「居場所がある」と感じられることを共同体感覚という。

なぜわたしにしか関心がないのか?
じつは課題の分離が出来ておらず、承認欲求にとらわれている人もまた、きわめて自己中心的なのです。

あなたは共同体の一部であって中心ではない。
「人生のタスク」に立ち向かう事です。「この人はわたしに何を与えてくれるか」でなはく、「わたしはこの人に何を与えれるか?」を考えなければならない。所属感とは、生まれながらにして与えられるものではなく、自らの手で獲得していくものなのです。

感想
今の自分には、今回のはすばらしい話だった。胸に刺さる。他者を仲間と見なし、課題の分離をする事。相反するようだがこれが出来てるともっとマネージャーとして成長できると思う。そして自分が何を与えれるかを相手の欲しいものを理解して考える。自分を一旦おいて理解する。最後に下記の文を考えてみよう。
もし自分が今の段階で相手の欲しいものが与えれなかったとしたら自分を変える覚悟があるか?

書籍レビュー「嫌われる勇気」自己啓発の源流アドラーの教え⑤

最近忙しくて書けてませんでしたが、前回からの続きです。

前回は、対人関係のトラブルの話ですが、解決方法として課題の切り分け「これは誰の課題なのか」を明確にして、自分の課題と他者の課題を分離していく事。つまり他者の課題には踏み込まない。

たとれば子供が引きこもっているとき、それから抜け出すのか抜け出さないのか、あるいはどうやって抜け出すか?これは原則として本人が解決する課題です。最も大切なのは子供が窮地に陥ったときに、素直に親に相談しようと思えるか、普段からそれだけの信頼関係を築けているかになります。

感想

非常に僕としては耳が痛い話。僕は課題の切り分けが出来てない場合が多く、相手にうっとうしがられる場面によく会う。相手の課題にフォーカスするのではなく、相手自身にフォーカス、もしくは距離を置く事をしてみるといいんだろうか?ここから先は自分の課題ではないという境界線を知る事と記してあるが、なかなか難しい。しかしそれが出来ればもっと速く動けるようになるな。